ある日突然、会社に行けなくなりました
テーマ : 自分デザイン 4.メンタルヘルス
会社へ行けなくなった時に、私を支えてくれた家族の存在
人生には、自分でも理由がはっきり分からないまま、急に立ち止まってしまう時があります。
昨日まで普通にできていたことが、突然できなくなる。
頭では「行かなければいけない」と分かっているのに、体が動かない。
周りから見れば、ただ怠けているように見えるかもしれません。でも本人の中では、どうにもならないほど心が限界に近づいていることがあります。
私にも、そういう時期がありました。
前職でITベンチャー企業に勤めていた頃のことです。仕事そのものが嫌だったわけではありません。
それでも、ある時から少しずつ心が疲れていき、最後には会社へ行けなくなってしまいました。
仕事は嫌いではなかったのに、人間関係に疲れていった
当時の私は、ITベンチャー企業で働いていました。
新しいことに関われる環境でしたし、仕事内容にも興味があったので、「仕事が嫌で辞めたかった」という話ではありません。
私はどちらかというと穏やかな性格で、自分から人と対立したり、敵を作ったりするタイプではありません。
できれば周囲と穏やかに働きたい。そう思っていました。
しかし、入社して1年ほど経った頃から、人間関係に少しずつ悩むようになりました。
特に印象に残っているのは、目の前に座っている人からの連絡事項が、すべてメールで送られてくることでした。
直接話せば数秒で終わるようなことでも、メールでやり取りをする。
1つひとつは小さなことです。
でも、その小さな違和感が毎日のように積み重なっていくと、少しずつ心に負担がかかっていきます。
✅ 直接話せば済むことがメールで届く
✅ 職場にいても孤立感を覚える
✅ 小さな違和感が毎日積み重なる
✅ 職場にいても孤立感を覚える
✅ 小さな違和感が毎日積み重なる
今振り返ると、私はその時点でかなり疲れていたのだと思います。
年明けの最初の出社日に、急に会社へ行けなくなった
年末までは、特に大きな問題もなく出社していました。少なくとも表面上は、普通に仕事を続けていました。
ところが、年が明けた最初の出社日。突然、会社へ行けなくなりました。
前日までは普通に過ごしていました。自分でも、何が起きているのか分かりませんでした。まるで心のスイッチが、いきなりOFFになってしまったような感覚でした。
会社へ行こうとする。
でも、体が動かない。
部屋から出られない。
頭では「行かなければ」と思っているのに、どうしても動けない。
その時の私は、自分自身の状態をうまく説明することもできませんでした。
「なぜ行けないのか」と聞かれても、きっと答えられなかったと思います。ただ、行けなかったのです。
会社に行った瞬間、手の震えが止まらなくなった
その後、上司から連絡があり、1ヶ月後に会社へ行って話をすることになりました。
自分としても、何とか区切りをつけなければいけない。そう思って会社へ向かいました。
しかし、会社に着いた瞬間、手の震えが止まらなくなりました。自分でもどうすることもできませんでした。
頭では落ち着こうとしているのに、体が反応してしまう。その場にいることができず、私は会社から飛び出してしまいました。
それ以降、会社へは行っていません。今思い返しても、あの時の感覚はとても強く残っています。
心が限界を迎えると、気合いや根性だけではどうにもならないことがあります。
心が動けなくなると、体も動けなくなることがあるそのことを、私は自分の体験を通して知りました。
4ヶ月間、部屋に引きこもるような生活になった
出社できなくなってから4ヶ月後、自宅近くのファミリーレストランまで上司が来てくれました。そこで、私は退職の意思を伝えました。
今振り返ると、その4ヶ月間、私はほとんど部屋に引きこもっていたことになります。当時は、何かを前向きに考える余裕もありませんでした。
これからどうするのか?
次の仕事はどうするのか?
自分はこのままで大丈夫なのか?
考えなければいけないことはたくさんありました。
でも、その時の自分には、それをきちんと考える力が残っていなかったのだと思います。
人生には、すぐに立ち直れない時期があります。周りから見れば止まっているように見えても、本人の中では必死に耐えている時期があります。
両親は理由を聞かず、いつも通りに接してくれた
その時のことを思い出すたびに、私は両親への感謝の気持ちが湧いてきます。
年明けから突然会社へ行かなくなり、部屋に閉じこもるようになった息子を見て、両親はきっと不安だったと思います。
「何があったのか?」
「これからどうするのか?」
「大丈夫なのか?」
聞きたいことは、たくさんあったはずです。
それでも両親は、理由を問い詰めることはありませんでした。無理に励ますこともありませんでした。責めることもありませんでした。
ただ、いつも通りに接してくれました。それが、当時の私には本当にありがたかったのです。
✅ 理由を無理に聞かない
✅ 励まそうとしすぎない
✅ いつも通りに接してくれる
✅ 励まそうとしすぎない
✅ いつも通りに接してくれる
弱っている時、人は正論を受け止める力が残っていないことがあります。「頑張れ」と言われることさえ、重たく感じることがあります。
だからこそ、何も言わずにそばにいてくれる存在が、大きな支えになるのだと思います。
支えてくれる人の存在は、前を向く力になる
両親が普段通りに接してくれたおかげで、私は少しずつ前を向けるようになりました。
もしあの時、責められていたら。
毎日のように理由を聞かれていたら。
無理に外へ出るように言われていたら。
私はもっと追い詰められていたかもしれません。
両親は特別なことをしてくれたわけではありません。ただ、普段と同じように接してくれました。
でも、その普通が、私にとっては何よりありがたかったのです。
父はすでに他界しました。それでも、あの時に何も言わず見守ってくれたことへの感謝は、今も心の中に残っています。
母にも、感謝してもしきれません。だからこそ今、母ができるだけ不自由なく、楽しく毎日を過ごせるようにしたいと思っています。
あの時に支えてもらった分、今度は自分が支える番なのだと感じています。
人生には、思い通りにならない時期がある
人生は、いつも思い通りに進むわけではありません。頑張っていても、心が折れてしまうことがあります。
自分では大丈夫だと思っていても、ある日突然、動けなくなることがあります。
それは、弱いからではありません。
怠けているからでもありません。
心が限界に近づいていたというサインなのだと思います。
もし今、同じように苦しい時期にいる人がいるなら、自分を責めすぎないで欲しいと思います。
そして、身近に苦しんでいる人がいるなら、無理に理由を聞き出そうとしなくてもいいのかもしれません。
正論で励ますよりも、いつも通りに接すること。
そっと見守ること。
必要な時に、そばにいること。
それだけで救われる人もいます。
支えてくれる人の存在は、何より大きな力になる。私は、自分の経験を通して、そう感じています。
人生には、立ち止まる時期があってもいい。
その時に誰かが静かに支えてくれるだけで、人は少しずつ、また前を向けるようになるのだと思います。
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