将来への不安
テーマ : 自分デザイン 7.幸せとは?
左眼のぼやけをきっかけに、健康のありがたさを考えた
今回は、1年前の今頃にあった出来事について書いてみたいと思います。
ちょうど1年前のことです。
ある日、左眼が少しぼやけることに気がつきました。
ただ、ずっとぼやけているわけではありません。視線を動かした時に、一瞬だけ少しぼやけるような感じです。
日常生活に大きな支障があったわけではないので、最初はそれほど深刻には考えていませんでした。
「年齢的な変化かな」
「少し目が疲れているだけかな」
その程度に考えていたのです。
でも今振り返ると、この小さな違和感に気づいたこと、そして眼科へ行ったことは、とても大きな意味がありました。
母の通院に合わせて、自分も眼科で診てもらうことにした
母が白内障の経過観察で定期的に眼科へ通うために、自分も付き添っていました。
そのため、「せっかくだから自分も診てもらおう」と思い、母の通院に合わせて、一緒に診てもらうことにしました。
もし母の通院がなければ、私はもう少し様子を見ていたかもしれません。
「生活に困るほどではないから」
「そのうち治るかもしれないから」
そう考えて、受診を後回しにしていた可能性があります。
診察では、左眼が少しぼやけることを先生に伝えました。その後、眼圧検査と眼底検査を受けました。
すると先生から、「もう少し詳しく調べましょう」と言われ、後日改めて視野検査を行うことになりました。
その時点では、まさか大きな病気が見つかるとは思っていませんでした。
視野検査で、自分でも違和感がはっきり分かった
視野検査は、光が見えたらボタンを押すというシンプルな検査です。
最初は右眼から始まりました。
小さな光が見えるたびに、ボタンを押していきます。右眼の検査では、特に違和感はありませんでした。
「こんな感じの検査なんだな」と思いながら、普通に進めていました。
次に、左眼の検査です。
すると、自分でもはっきり分かるほど、ボタンを押す回数が少ないのです。検査を受けながら、「何だかおかしいな?」と思いました。
それまで日常生活ではほとんど気づかなかったのに、検査をすると明らかに違いが分かったのです。
✅ 右眼では普通に光が見えた
✅ 左眼ではボタンを押す回数が少なかった
✅ 自分でも検査中に違和感があった
✅ 左眼ではボタンを押す回数が少なかった
✅ 自分でも検査中に違和感があった
この時、初めて「もしかしたら、何かあるのかもしれない」と感じました。
診断結果は、まったく予想していなかった緑内障だった
そして診断結果は、緑内障でした。まったく予想していなかった診断です。
検査結果によると、左眼の右上あたりの視野が約25%欠けているとのことでした。
それを聞いた時、とても驚きました。なぜなら、普段の生活ではほとんど気づいていなかったからです。
車の運転もできていました。
パソコン作業もできていました。
日常生活で「見えなくて困る」と感じる場面も、ほとんどありませんでした。でも、実際には視野の一部が欠けていたのです。
人間の脳は、見えていない部分を自然に補ってしまうそうです。だから、自分では気づきにくい。
この話を聞いて、目の病気の怖さを感じました。
自分では大丈夫だと思っていても、実際には変化が進んでいることがある。このことを、身をもって知ることになりました。
毎日の点眼が始まり、健康への意識が変わった
診断後は、毎日1回の点眼が始まりました。目薬のおかげで、現在のところ眼圧は安定しています。
ただ、薬には副作用もあります。ドライアイの症状に悩まされたり、まつ毛が伸びたりと、少しずつ変化を感じることもあります。
それでも、進行を抑えるために必要なことだと思って、毎日続けています。
今のところ、見え方に大きな支障はありません。車の運転もできますし、パソコン作業も問題なくできています。
だからこそ、今の状態をできるだけ保ちたいと思っています。
一度失った視野は元に戻らない。だからこそ、早めに気づいて、きちんと向き合うことが大切なのだと感じています。
小さな違和感を放置しないことの大切さ
今回の経験を通じて強く感じたのは、小さな違和感を放置しないことの大切さです。
左眼のぼやけは、最初は本当に小さな違和感でした。日常生活に大きな支障があったわけではありません。
だから、忙しさを理由に受診を先延ばしにすることもできました。でも、結果的には眼科で診てもらったことで、緑内障に気づくことができました。
✅ 少し見え方が変だと感じる
✅ 片目だけ違和感がある
✅ 年齢のせいだと思って放置している
✅ 片目だけ違和感がある
✅ 年齢のせいだと思って放置している
こうしたことがある時は、「大したことない」と決めつけず、専門の先生に診てもらうことも大切だと思います。
もちろん、すべての違和感が大きな病気につながるわけではありません。
ただ、何もなければ安心できます。何かあれば、早めに対応できます。
その意味でも、検査を受けることには大きな意味があります。
健康は、失って初めてありがたさに気づく
今回のことで、健康についてあらためて考えるようになりました。
目が見えること。
普通に文字が読めること。
車を運転できること。
パソコンで作業できること。
これらは、普段は当たり前のように感じています。でも、その当たり前が少し揺らいだ時、初めてありがたさに気づきます。
健康というのは、失って初めてその大切さに気づくものなのかもしれません。
今のところ、私は大きな支障なく生活できています。それでも、「この先どうなるのだろう」という不安がまったくないわけではありません。
だからこそ、できることを続けていくしかないと思っています。
目薬を忘れずに使う。
定期的に検査を受ける。
気になる変化があれば、早めに相談する。
そうやって、今ある健康を守っていく。
今回の出来事は、私にとって「当たり前の生活を大切にすること」を考えるきっかけになりました。
もし今、少しでも体や目に違和感があるなら、「そのうち大丈夫だろう」と流さず、一度きちんと向き合ってみてください。
何気ない違和感が、自分の健康を見直す大切なサインになっていることもあるのだと思います。
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