不器用な父が最期に残した「頼むな」の一言。私が母の介護を続ける理由
テーマ : 編集後記・ライフスタイル 介護
人生の指針となった、亡き父からの忘れられない一言
「あなたには、大切な人から託された『願い』はありますか?」
私の人生の指針となっているのは、亡き父から受け取った、ある短い一言です。
仕事人間だった父が病に倒れた日
私の父は、2013年にがんで亡くなりました。私がちょうど40歳の時のことです。
父はいわゆる「昭和の仕事人間」で、子どもの頃に休日に父と遊んだ記憶というものは、実はほとんどありません。
そんな父が、がんで入院することになり、母は毎日、朝から晩まで病院に付き添って父のサポートをしていました。
私は会社の仕事が終わると、毎晩のように病院へ寄り、母を車に乗せて家まで連れて帰るという日々を送っていました。
忘れられない、最初で最後の「握手」
ある日の夜。いつものように病室へ行き、母と一緒に帰ろうと「じゃあ、帰るね」と父に声をかけた時のことです。
ベッドに横たわる父が、突然スッと無言で右手を差し出してきました。
戸惑いながらもその手を握り返すと、父は私としっかりと握手を交わしたのです。普段そんなスキンシップをとるような人ではなかったため、本当に驚きました。
そして、私をじっと見て、一言だけこう言いました。
「頼むな」
多くを語らない父が、力を振り絞って伝えたその一言。
具体的な主語はありませんでしたが、あの一言には父のすべての想いが込められていたのだと、すぐに分かりました。
「自分がいなくなった後、母のことはお前に頼むぞ」
それが、不器用な父が私に託した、最期の願いだったのです。
父の「願い」が私を支える力になる
父が亡くなってから長い年月が経ちますが、あの病室での光景、そして父の手の温もりと力強さは、今でも私の心に深く焼き付いています。
「父の願いを守り抜くこと」
それこそが、残された私の使命なのだと心に誓いました。
その後、母が病気になり、入院を経て在宅で介護をすることになった時も、私の中に迷いはありませんでした。
「これがあの時、父と交わした約束を守るということなんだ」と、自然と受け入れることができたからです。
だからこそ今、私は母のサポートに全力を注いでいます。
後悔しない人生を送るために
もちろん、介護の毎日は決してきれいごとだけではありません。
仕事と介護の両立の難しさ、自分自身の自由な時間が制限されることへの葛藤、そして何より、蓄積していく心身の疲れ。正直言って、投げ出したくなるほど大変な時もあります。
でも、心が折れそうになるたびに、あの時の父の「頼むな」という言葉が私の背中を力強く支え、前に進む力を与えてくれるのです。
人は皆、いつか必ず大切な人との別れの時を迎えます。
その時になって「もっとこうしておけばよかった」と後悔しないために、今、自分に何ができるのか。私の場合は、それが「母を全力でサポートすること」なのです。
父が残してくれたのは、たった三文字の一言でした。しかし、その一言は、私がどう生きるべきかを示す「人生の指針」となっています。
大切な人の願いを心に深く刻み、それに応えるように生きていく。
もしかすると、それこそが自分の人生を本当に豊かで、意味のあるものにしてくれるのかもしれません。
あなたには、大切な人からの「願い」はありますか?
